腐女子の生存戦略:「自重しろw」に見られる潜在化規範

 腐女子とは、男性同士の恋愛を描いた「やおい」「ボーイズ・ラブ(BL)」と呼ばれるジャンルを愛好する女性のことである。「腐る」という漢字が当てられている「腐女子」は、自虐や居直りのこもった当事者によるカテゴリーだといえる。

 腐女子と呼ばれる女性たちは、やおいやボーイズ・ラブを好み、「攻め」「受け」「A×B」などの特有の表現を用いて消費やコミュニケーションを行っている。腐女子の「萌え」に特有なのが「関係性萌え」であり、属性などの「萌え要素」と関係性が相まって腐女子の萌えが構成されている。属性やカップリングを記号化して伝えることで、「萌え語り」と呼ばれるコミュニケーションや消費において、スムーズなやり取りが可能となる。

 彼女たちは、コミックマーケット参加者の男女比やボーイズ・ラブ関連市場の大きさから見ると決して少数ではない。にもかかわらず、そうしたカルチャーと接点のない人々からすると、その存在は見えにくい。それ故、男性オタクに比べてマスメディアに取り上げられる機会は少なく、オタク研究の中でもあまり扱われてこなかった。それは、彼女たちが見た目や日常的な振る舞いから腐女子だと分からないようにしていることや、自分たちの活動をスムーズにするために「自重」を選択していることに起因する。
腐女子に「自重」を選ばせる要因として、本論文では1)やおい・BLの特殊さ2)原作ファンからの批判3)女性の性的発言、男性を性的に見ることへの批判4)腐女子同士の呼びかけの4つを挙げ、それぞれの要因がなぜ生じるのかということを考察した。

 腐女子の自重の背景には、1)やおいに対するホモフォビア、2)やおい二次創作の対象となる原作のファンがもつホモソーシャリティ、3)公領域からの性の排除、異性愛の秩序、4)腐女子にとっての「自重」のメリットが存在していた。

 まず、1)やおい・BLの特殊さから「自重」が求められる背景には、やおいと現実の同性愛につながりがある(やおいが現実の同性愛者を参照している)ことから、ホモフォビアの影響が指摘できる。

 2)原作ファンからの批判の背景には、“アンチ腐女子”がもつホモソーシャリティが存在する。腐女子が「男同士の絆」を同性愛に読み替える行為が、原作ファン同士のホモソーシャリティ、原作中のキャラクター同士のホモソーシャリティ、また、キャラクターとファンの間のホモソーシャリティを壊してしまうために、批判され、自重が求められるのである。

 3)女性の性的発言、男性を性的に見ることへの批判の背景には、公領域からの性の排除と異性愛の秩序がある。腐女子の「萌え語り」ややおい表現には性的なニュアンスが含まれやすく、また、腐女子の視線は性的欲望の主体としての女性を顕在化させ、男性を客体化するために、「男=性的主体、女=性的客体」という異性愛秩序を逆転させてしまう。そのため、やおい表現や「萌え語り」は自重すべきものとされる。

 さらに、4)腐女子同士の呼びかけがなされる背景には、「自重」が彼女たち自身にもたらすメリットが存在する。それは大きく分けて、アイデンティティ構築と批判の無効化、活動の場の確保、日常におけるコミュニケーションをスムーズにすることの3点である。
これらの要因が複合的に働き、腐女子コミュニティ内には、コミュニティの外では腐女子的なものを隠すべしという規範が共有される。