2003年総選挙における各局政策報道の比較分析

はじめに

本稿では「マニフェスト選挙」「政権選択選挙」として位置付けられた2003年衆議院総選挙について、NHKニュース10、筑紫哲也ニュース23、ニュースステーションの3番組が解散日から投票日までの間どのような政策報道を行ったかを分析した。また、今後小選挙区比例代表並立制の利点を生かすためのテレビ報道のあり方についても私見を加えた。

分析

分析の4つの視座

内容分析は以下の4つの視座に基づいて、筆者一人で行った。1つ目に各番組がどのくらい総選挙に関して報道したのかという視座である。2つ目に「戦略型フレーム」「争点型フレーム」「選管型フレーム」の3区分を利用して、各番組が具体的にどのような項目を重点的に扱ったかという視座である。3つ目に各党の公約がそれぞれどのくらい扱われていたかという視座を設けた。そして4つ目に政策実施による国民への影響に言及した「影響予測情報」が各番組の争点型フレーム報道においてどの程度なされていたかという視座である。

ニュース10 ニュース23 ニュースステーション

選挙関連報道総時間(本数) 2時間29分18秒(25本) 5時間55分46秒(47本) 4時間57分9秒(42本)
選挙関連報道1本あたりの時間 5分58秒 7分34秒 7分4秒
戦略型フレーム(本数) 2時間6分1秒(18本) 3時間7分54秒(26本) 2時間44分35秒(20本)
争点型フレーム(本数) 0秒(0本) 2時間28分19秒(17本) 1時間46分4秒(16本)
選管型フレーム(本数) 23分17秒(7本) 19分33秒(4本) 26分30秒(6本)
総選挙に関する報道量の分析結果

1つ目の総選挙関連報道量の視座からニュース10の総選挙報道が他の民放ニュースと比べて通奏低音であることが明らかになった。当日起こったさまざまな出来事をダイジェストして視聴者に伝えることを主要な役割とするニュース10のスタンスが指摘できる。民放2番組はその日の選挙戦の様子に加え、自ら積極的にニュースを探す姿勢を見せていた一方で、ニュース10はその日の選挙戦の様子を伝えることに終始した。

フレーム分析

ニュース10では、争点型フレーム報道が無かった。選挙期間中に最も力を注いだのが「戦略型フレーム/各党選挙戦略・党首選挙運動」の報道で、実に総選挙関連報道量の45.7%を占めている。
ニュース23が最も力を注いだのが「戦略型フレーム/討論」で、総選挙関連報道量の29.7%を占め、「当事者主義」がうかがえる。次いで多いのが「争点型フレーム/憲法」の14.0%、「戦略型フレーム/当落予想・世論調査」の10.4%と続く。

ニュースステーションで最も放送時間を費やしたのが「争点型フレーム/行政改革」であり、総選挙関連報道量の18.5%を占めた。次に放送時間を費やしたのが「戦略型フレーム/候補者資質」で、15.6%を占めている。争点型フレーム報道を下位区分に分けると、「行政改革/道路公団」「社会保障/年金」それぞれ5回、「行政改革/郵政民営化」3回と続く。

総選挙投票前の10月27日付読売新聞に掲載された世論調査の結果では、有権者にとって最も関心の高いものとして、年金制度の見直し(社会保障)、次いで景気対策(経済)、年金問題の順でランク付けされていた。また4割の有権者がマニフェストの内容を比例代表の投票先を決める際の一つの基準にしようと考えていた。

読売新聞の世論調査結果と番組の内容を比較すると、それぞれの番組でニュースの議題を決定する権限を持つ人々(ゲートキーパー)とマスメディアや政治とは直接縁の無いような有権者との間に意識の違いがある可能性が指摘できる。

ニュース10ではマニフェストに焦点を当てた争点型フレーム報道が0であった。ニュース10は4割の有権者の要望に対し、応えるような報道をしていなかったといえる。ニュース23では「新・幸福論」というテーマ設定にこだわり、憲法・外交の争点を中心に扱って「年金問題」「景気対策」にほとんど触れなかった。ニュースステーションでは郵政民営化、道路公団問題を多く取り上げた。「記者クラブ」制度、政治家「番記者」システムに依存して、「永田町」から大量にもたらされる情報に流された議題設定をしたという可能性を指摘できる。

今回の総選挙では59.86%と1996年総選挙に次いで過去2番目の棄権率となったが、1993年衆院選における三上らの調査の指摘を踏まえれば、各番組が有権者の知りたい争点に応えられなかったことも棄権率が高いことの一つの要因となった可能性も指摘できる。

各党別公約報道量分析

ニュース10はほぼ公平に各党の報道量を割り当てた。公共放送という制度的位置付けによると考えられる。しかしながら、9分程度という合計公約報道量から考えると、各党の公約を物差しとした投票基準を示すのに十分な報道がなされたとは言いがたい。

一方ニュース23は27分程度、ニュースステーションでは24分程度の報道がされており、ニュース10に比べると視聴者は公約を判断材料とした投票基準を持つ可能性は高い。二大政党に重点を置くあまり、他の4党の公約報道が多少疎かにはなったものの、必要以上の傾斜ではなかったといえる。公・保・社・共の公約報道量の比率は、ニュース23では22%、ニュースステーションでは25.8%と4分の1程度の結果であった。

影響予測情報量分析結果

ニュース23では全17回の争点型フレーム報道において、影響予測情報量は13組(1回のあたり約0.8組)であった。発言の対象となった政党と言及回数は、自民8組、民主5組であった。ニュースステーションでは全20回の争点型フレーム報道において、影響予測情報量は16組(1回の放送あたり0.8組)であった。発言の対象となった政党と言及回数は、自民が5組、民主が8組、公明が1組、その他に民主と保守新の両方を対象にした発言が2組、自民・公明・共産の3党を対象にした発言が1組である。

影響予測情報に注目して民放2番組を分析すると、いずれも1回の放送あたり0.8組程度と1組に満たない。有権者にとって各党の政策のもたらす結果を想像しづらく、政策争点に関する関心喚起・話題性喚起に乏しい争点型フレームニュースであった可能性が高い。

まとめ・考察・今後の課題

今後、有権者が政策争点を投票基準にすることを目的として導入された小選挙区比例代表並立制の利点を生かす選挙報道について、今回実際に放送された総選挙関連報道、影響予測情報の効果仮説を踏まえると、ニュースステーション10月29日「マニフェスト比較 崩壊?年金制度」での公約の紹介形態が最も相応しいものと考える。このニュースは年金のエキスパートがとある一般家庭に訪問し、各党の年金マニフェストを分かりやすく教えるという形式であった。各党の年金マニフェストについての影響予測情報の提示する際、テロップや編集映像など有権者の注意を喚起する手法を用いて、一般的な有権者に分かりやすいよう各党のマニフェストを紹介した点が特に評価できる。

しかし「影響予測情報」を提示することに関して、小川が「社会科学的な完全な予想という観点が簡単には保証されない以上、『影響予測情報』では報道する側の主観性が入り込む要素が拡大する危険性」があると指摘した点に注意する必要がある。改善策としては「影響予測情報」を提示する主体を増やして報道の多様性を確保することが現実的である。マスメディアに加え、イギリスにおいて前回選挙時のマニフェストの達成度と今回選挙におけるマニフェストの実現可能性を評価する役割を担うシンクタンクにその役割を求めたい。与党・野党を問わず各政党やシンクタンク、新聞・テレビなどマスメディアがそれぞれ独自に次回の総選挙において各党の掲げるマニフェスト実現による国民への具体的な利益・負担を提示する。それらをマスメディアが取り上げることで、有権者に「話題性喚起」「関心喚起」をもたらすような報道をすることができ、影響予測情報に主観性が入り込む危険性の縮小につながるはずである。