中国におけるメディア統制の実態 ―ウイグル騒乱を事例に―

本論文のねらいは、中国のメディア規制に関する歴史を踏まえ、2009年7月に起きたウイグル騒乱の事例をもとに、現代中国における厳格な情報統制の実態を明らかにすることである。

中国は、共産党統治の正当性を主張し、国際社会において良好な中国イメージを作り上げるために、国内すべてのメディアを「党の喉舌(代弁者)」として使役し、規制をかけている。

中国のメディア規制は次の3つの時代に区分できる。すなわち①1949年の中華人民共和国建国から改革開放が始まる1978年まで、②1978年から1989年の天安門事件発生まで、③1989年から現在までである。厳格に始まったメディアの統制は、80年代に一度緩み、89年の天安門事件を境に再び強まった。

現代中国のメディア管理は事前規制と事後規制から成り立っている。前者は、法規制の適用による自主規制などがある。憲法や出版管理条例では言論の自由が謳われているものの、刑法の国家機密条項の適用によってその権利は有名無実となっており、政府に批判的な思想を持つ多くの者が逮捕されている。こうして当局は、恐怖心を煽ることで自主規制を助長しつつ、事後規制としては、報道して良い枠組みを外れた内容に関して検閲を行い、情報の流出に歯止めをかけている。国内メディア(テレビ・新聞・出版・ラジオ)には、中国共産党と国家の二重の統制管理がかけられており、通稿、審査制度、メディアの行政等級への組み入れが実施されている。外国メディアには、暴行・監視・入国拒否等によるジャーナリストの取材活動妨害と取材対象の隠蔽を行い、情報の流出を制限している。インターネット規制に関しては情報監視フィルタリングシステムの「金盾」やパソコン販売時から情報統制ソフトを強制的に埋め込む「Green Dam」の試みがなされている。

金盾の統制状況を調査するため、China Channel Firefox Add-onというソフトを使用し、規制されているサイトの分析を行ったところ、検閲後の画面表示には、アクセス拒否といった直接的な表現の他、4パターンの表示が用意されていることが明らかになった。また、封鎖対象となっているウェブサイトは主に3つ――①人権団体あるいは中国への異論者のサイト、②ニュースサイト、③香港と台湾とチベット関係のサイトに分類できた。規制がかけられる情報の対象は、汚職や西側諸国の価値観など、共産党支配の正統性を揺らがせる可能性を持った情報であった。

次に、こうしたメディアへの規制を踏まえ、2009年7月5日に起きたウイグル騒乱を検証した。ウイグル騒乱の概要、問題の背景を説明したのち、一般市民に対する対策や海外メディアへの対応、インターネット規制の観点からウイグル騒乱における中国の情報統制方法について述べた。また、ウイグル騒乱に関する新華社と人民日報の報道内容の分析を実施し、プロパガンダ手法の類型にあてはめながら、手法が使用される頻度の推移や記事の内容を考察した。その結果、今回のウイグル騒乱の報道には、権威者を登場させる転移の手法が最も採られており、その次にネーム・コーリング、言葉の普遍化、バンドワゴンの手法が多いことが明らかになった。中国メディアは、これらの手法を多用して党の声を代弁していた。

最後に、ソビエト連邦のグラスノスチといった歴史的な事例を踏まえて、今後の中国におけるメディア統制について予測を行った。ソ連は言論の自由を認めたことによって、民主化が引き起こり、崩壊へと追い込まれた。この教訓に加え、毛沢東時代の「百花斉放・百家争鳴」や80年代のように、言論規制を弱めるたびに共産党支配の正当性が揺らぐような苦い経験を味わった教訓から、今後も中国の情報統制は緩められないと予測できる。万が一言論の自由が緩和されていくとすれば、ソビエト連邦のように早急に事を進めず、徐々に段階を踏んでいくと思われる。いずれにせよ、専制政治制度を維持するために中国共産党が情報統制を弱めないであろうことは、明白である。

(近谷桃子)