女性向け旅行ガイドブック『ことりっぷ』の持つ人気の背景は何か

 近年、社会進出を果たした女性の消費行動に注目が集まっている。その中でも旅好きな女性が増え、それを反映して昭文社は初の女性向けガイドブック『ことりっぷ』を発売した。2008年の創刊当初から一貫して発行部数を伸ばし続け、現在は累計770万部を突破する大人気ガイドブックとなっている。『ことりっぷ』大ヒットの背景には、綿密な調査の結果浮かび上がった7つのポイントが挙げられる。しかし、同様のポイントはその後登場した他の女性をターゲットとしているガイドブックにも見られるものである。では『ことりっぷ』の何が人気を集めているのだろうか。

 本論文では、バーンド・H・シュミットが提唱した経験価値マーケティングという理論を中心に、『ことりっぷ』人気の魅力を探るべく、伝統的なマーケティングの分析手法である4Pを使った分析と経験価値マーケティングの枠組みによる分析を試みたものである。今回は、バーンド・H・シュミットの戦略的経験価値モジュールの5つの分類に沿って分析した。5つの分類とは「SENSE(感覚的経験価値)」、「FEEL(情緒的経験価値)」、「THINK(創造・認知的経験価値)」、「ACT(行動的経験価値)」、「RELATE(関係的経験価値)」のことである。さらに、具体的な分析を進めるために、戦術的経験価値モジュールを生み出す実践要素である経験価値プロバイダー(ExPro)と呼ばれる道具を使った分析も試みた。まず伝統的なマーケティングの手法で、同じく女性向けガイドブックである『タビハナ』との比較分析を行うと、『ことりっぷ』の優位性は電子書籍とプロモーションの多さにあった。しかしこの伝統的な分析手法は機能や便益を中心とした内容になっており、どちらかというと企業目線が強い。そこで消費者の視点から、機能的側面だけでなく心理的な側面にも注目した分析を可能にする経験価値マーケティングの枠組みによる分析を新たに試みた。『ことりっぷ』が機能的側面だけでなく経験価値を獲得しているために、人気を集め購買されている、という仮説のもと分析を行った。

 分析した結果、『ことりっぷ』には5つの戦略的経験価値モジュールがすべて備わっていた。その中でも特に伝統的な分析手法では見えてこなかった部分として感覚的経験価値、情緒的経験価値、関係的経験価値の3つを特に備えているということがわかった。ことりを使った『ことりっぷ』というネーミングを生かしたキャラクターやシンプルなデザイン、写真の効果的な使い方により視覚的な刺激を与えており、感覚的経験価値を創造していると言えた。さらに、読者の感情を表しているような表題や各写真についている吹き出しによる一言コメントなど細部のこだわりによる情緒的経験価値の創造、ウェブサイトや他企業とのタイアップ企画による関係的経験価値の創造が『ことりっぷ』の特徴である。そこから、今回の女性向けガイドブック『ことりっぷ』の人気の魅力は何かという問いに対しては、機能的な側面を備えながらも、感覚的・情緒的経験価値、関係的経験価値の創造を通して読者との親近感や細かな気配り、読者とのつながりを大切にしたガイドブックであると結論付けることができるだろう。