暴力映像が感情や攻撃態度に及ぼす影響について――挑発による怒り喚起と犠牲者の苦痛描写の効果を中心として――

 映像やテレビゲームで描かれる暴力を視聴すると攻撃行動は促進されるのかという問いに対して、アメリカでは従来より主に映像要因(映像の表現特性など)、視聴者要因(年齢、性別など)、視聴環境要因(視聴する他者の存在など)という三つの側面から数多く検討されてきた。その結果、暴力行為の映像表現として現実性・残酷性・力動性が高く、暴力行為の文脈特性として行為の正当性が高くて報酬がある場合視聴者の攻撃行為を促進するという見解が一般的になされている。

 しかし日本におけるメディア暴力の実証的研究の数は少ないため、実証的データをともなわないままメディア暴力の影響について論じられているのが現状である。本論文では暴力映像が視聴者に与える影響について実験的に検討することを目的としている。

 本論文ではまず攻撃理論を概観したうえで、暴力映像が視聴者に与える影響に関する先行研究をまとめ、現在有力視されている理論であるBerkowitzモデルを元に実験を行った。実験は、暴力映像に数多く存在すると考えられている視聴者の攻撃性喚起に対する要因の中でも「視聴前挑発操作の有無」と「映像表現特性としての犠牲者の苦痛描写の量」に焦点を当てて、これらの要因を含む暴力映像の視聴が視聴者の攻撃態度に与える影響について検討した。

 実験を行うに当たって以下の二つの仮説を立てた。

 仮説1.視聴前に怒りが喚起されない場合、苦痛描写を多く含む暴力映像を視聴すると、共感、同情などの感情が喚起され、攻撃態度が抑制されるだろう。

 仮説2.視聴前に怒りが喚起された場合、苦痛描写を多く含む暴力映像を視聴すると、苦痛描写が少ない映像を視聴した条件より攻撃態度が促進されるだろう。

 実験では挑発操作有・苦痛描写多群、挑発操作有・苦痛描写少群、挑発操作無・苦痛描写多群、挑発操作無・苦痛描写少群の四つにわけスプラッターホラー映画を視聴させた。続いて映像を視聴して生じた勘定と挑発者に対する攻撃態度を質問用紙を用いて測定した。

 その結果、仮説を支持する結果は得られなかったが、大きく分けて以下の二つの結果が得られた。

  1. 挑発操作を受け、犠牲者の苦痛描写の多い映像を視聴した群は、苦痛描写の少ない暴力映像を視聴した群より不快感情が強く喚起されたが、攻撃態度得点は両群に差は見られなかった。
  2. 視聴前に挑発操作を受けると攻撃態度が促進された。

 以上のことから、暴力映像の視聴は不快感情を喚起するが、不快感情が喚起されても必ずしもそれが攻撃態度につながるわけではないということ、犠牲者の苦痛描写の量によって喚起される不快感情の程度に差が出ること、映像視聴前の感情が攻撃態度に影響を及ぼすということが示唆された。

 今後の研究では、暴力映像が持つ視聴者の攻撃態度に与えると思われる要因をさらに細分化し、実験検討を重ねていく必要がある。また、長期的な接触が与える影響についても検証していくことが望まれている。